怠惰いた

May 21

 78年は、新井素子が本格的に活躍を開始した年です。
 右の写真は、この年に発売された新井素子の最初の単行本です。
 新井素子の登場と、その受け入れられ方というのは、現在から振り返ってみると時代の節目となる大きな事件でした。
 当時の私はそんなことを思いもせずに、無邪気に同世代作家の書いた小説を読んで喜んでいましたが、今にして思うと、ここでもはっきりと何かが変わっていたのです。

 新井素子はSF専門誌「奇想天外」の新人賞で佳作をとり、78年2月号でデビューしました。この号が発売されたのは77年12月のクリスマス頃だったと思いますから、デビューは正確には77年ということになります。同時に佳作をとってデビューした5人の中には山本弘などもいます。
 この時にSFファンの間で話題になったのは、同じ号に掲載された選考座談会の内容でした。選考委員は星新一、小松左京、筒井康隆という当時のSF界御三家で、最終選考に残った14作品について3人が議論をたたかわせている様子が収録されています。そこでは、新井素子に関する評価がはっきりと割れていました。激賞する星新一と、否定的な2人の食い違いぶりが、鮮明になっていたのです。以下に引用します。

小松 「あたしの中の……」これは16歳の少女でしたね。
 これは、驚いたの一言につきたな、ぼくは。
小松 そうかねえ、ぼくはあんまり感心しなかったけど。
 違った世代が、ついに出現したという感じを受けましたね。テンポというものがあるんだ。いままでの小説の中にない新しさというとテンポだろうと思うんだ。
筒井 それならば、むしろ「カッチン」の方がいいですね。「あたしの中の……」の場合は、話がよく出来ててかわいらしいんだけども、女性の饒舌体とか、マンガの吹き出し的なセリフが生かされてないんですよ。もっともっと生かせたと思う。欠点がちょっと目につき過ぎる。
 ぼくはこれがいちばん欠点が少なかった。ちゃんと伏線があり、ユーモアがあり、サスペンスありで、構成に破綻がないよ。
 (中略)
小松 (略)たとえば、地の文の中に「……ちゃった」というようなことを書かれると、ぼくはもうやたらに抵抗がある。
 いまのああいう世代の女の子は、こういう文章を書くということで、ぼくは納得しているんだけど。
筒井 ただ、そういった文章が出てくるのはいいことなのか、それとも悪いことなんですか。
 もはやいい悪いじゃないと思うよ。世の中がこうなっちまったんだ。
小松 そうでもないよ。ちゃんとした文章もあるぜ。
筒井 そうなっても星さんは困らないんですか。つまり、SFがそういう作者の出やすいところでしょう。われわれが踏んばらなきゃいけないんじゃないかという気がするんだけど。地の文まで崩したのを許していいのかどうか。
 (中略)
筒井 ほんとにこのままでいいと思いますか。これを入選させて、このままの調子であちこちからの作品依頼に応じさせてもいいと、ほんとに思う?
 そりゃ、いいと思うな。SFと劇画で育った世代の象徴とみていいんじゃないかな。ぼくは、これによって人生観が変わった。生じっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい。
筒井 それをいうなら、「カッチン」の方ですよ。
 いやいや、ぼくがいちばん感心したのは、ストーリイ作りがうまい。これだけのストーリイは、いまのSF作家にも書けないんじゃないか? これはやはり一種の特異な才能ではなかろうかと。突っつきようがないんだもの、ほかの作品のようにここがおかしいじゃないかというところがない……。「カッチン」の場合は、コンピューターによりかかっている点が新鮮なので、ストーリイは単純なんだ。これはそういうものによりかからずにストーリイそのもので勝負している。とにかく、ストーリイに関しては珍しいぐらい巧妙でうまいなァ。
小松 ただねえ、最初の設定にドラマが踊らされているというところがある……。
 それはまあ御都合主義といえなくもないけど、御都合主義もここまで徹底すりゃいいんじゃない。
筒井 ワァー、スゴいほれこみようだなァ、どうも(笑)
 推理小説だってそうでしょう。
筒井 小説はみんなそうじゃないですか。御都合主義というとすれば。
小松 いかに御都合主義を御都合主義にみせないかというところに腕のみせどころがあるんじゃないかと思うんだけど、この文体ではどうも。
筒井 ストーリイはたしかにいいけど、文章をもうちょっとどうにかしないと困りますよ。
 いやァ、この文章がいいよ。……(笑)
筒井 文章が幼くてかわいらしいのを、星さんは、「文章がいい」と勘違いしているんでしょ(笑)とにかく星さんがあれだけ推しているんだから、残しておきましょう。
小松 おれたち追い上げられているんだな、こういうのをみると痛感するよ(笑)
 (中略/以下は最終選考の場面)
小松 でも「あたしの中……」を一位に推すにはちょっと選者として恥ずかしいよ。「高校SFコンテスト」ならともかく(笑)
 それ以外のを選ぶのはもっと恥ずかしいよ。
小松 うーん……それなら、入選作ナシということになるか。
 それでもいい。いずれにせよ「あたしの中の……」を、わたしが強く推したことを記録に留めてくれれば。
 (中略)
 (略)とにかくクドイようだけど、「あたしの中の……」に出会った時は、とてもぼくなんかには書けない、違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ。
筒井 そこまでホレ込むと……どうする小松さん、入れちゃう?(笑)
小松 佳作ならともかく、入選にするのはどうしても……。
 いいよいいよ。この作品がいずれ雑誌に掲載されて、ぼくが強力に支持したということを読者がわかってくれるなら文句はいわない。
筒井 読者に判断をまかせなきゃ仕方ないな。
 これからはもう、こういうのしか出てこないんじゃないかなァ。
小松 ぼくはそうは考えない。むしろ、非常にしっかりした文章が書けるひとが沢山出てくると思う。
筒井 新しい文章は必ず出てくるけど、これではないよ。たとえばこの人が、四十、五十のオバハンになって、まだこんな文章を書いていたらどうする? 気味ワルイですよ。
小松 ジャレている文章なんだよ、つまり。
 そのへんを考えなおし初めてきたんだ。
筒井 麻薬みたいなもんですな。
 ぼくなんかには、とてもそういう表現は出来ない。
筒井 あたりまえですよ(笑)。星さんがこんなの書き始めたら、気が狂ったかと思われる(笑)
 (「奇想天外」1978年2月号より引用)

 さて、その新井素子が「四十、五十のオバハン」になったのが現代のわれわれの世界です。結果的には、そんなこと気味悪いとは感じない世界になったようです。
 今回問題にしようと思った要素は、ほとんどこの座談会の中で洗い出されているようなものですから、ちょっと長めに引用してしまいました。これを読むと、小松左京と筒井康隆がえらく保守的に見えますが、当時としてはあたりまえと言っていい反応だと思います。むしろ、星新一の柔軟さが過激なまでに突出しているのです。
 新井素子をめぐる問題については、近年「サブ・カルチャー文学論」(文学界/大塚英志)の連載で1回をさいて取り上げられていました。この評論文は、おたく史を考察する時にかなり重要になる指摘を含んでいます。「「ルパン三世」的リアリズムとキャラクターとしての〈私〉――’80年代小説としての新井素子」というタイトルからもわかるように、小説における「私」という問題に「キャラクター」という(おたく史考察において重要な)要素をからめて論じており、文学史の中に新井素子を位置づけるという大胆な試みをしていました。
 私は大塚さんとは時々いっしょに仕事したりしますから、こういうところでこの人の文章を持ち上げたりすると、知り合い同士でだらしなく馴れ合っているみたいで嫌ですから、できたら批判しておきたいのですが(笑)、新井素子評価に新しい切り口を与えたという点では、この評論文は大変意義があると思います。
 「サブ・カルチャー文学論」は、石原慎太郎論をめぐる編集部との衝突で中断され、その後単行本にもなっていませんので、現在読むことはできません。ぜひ早いうちに単行本化してほしいと思います。
 この「サブ・カルチャー文学論」で論じられている問題点も含め、「新井素子の中に読み取るべき時代の変化」という視点は、かなり多くの問題を明らかにするだろうと思います。
 そして、それと同時に今さらのようにわき起こる疑問は、「なぜ星新一だけが、あの時、新井素子の中の何かを見抜くことができたのか?」ということです。世間の相場からすると十分以上に柔軟性のある思考をしていたはずの他のSF作家でさえ保守的に見えてしまうほどの、星新一の発言の突出のしかた。「ぼくは、これによって人生観が変わった」「違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ」とまで言ってしまう星新一という存在が、新たな問題としてそこに浮かび上がってきます。
 日本のSF界を長くリードしてきたのは星新一でした。80年代にいたるまで、多くの中高校生の基本講読図書として人気トップにあった星新一というものが、後に「おたく系」となる人々に潜在的に与えていた影響力は、計り知れないものがあります。にもかかわらず、これまで「星新一」という問題を正面から論じた文章にはお目にかかったことがありません。それは、星新一があまりにもわかりやすいものに見え、思春期とともに卒業するものとして了解され、忘却されてきたからです。

1978年論ノート05 (via petapeta)

mr-derp-herpin:

blua:

What the city is missing: Thierry Cohen photographs cityscapes and then photographs deserts at night, combing the two to show us what our cities would look like with the lights off. The stars are not enhanced, they are actual photos from relative latitudes that would expose the same starry sky view if it weren’t for light pollution. Click on each photo to see which city it is.

Light pollution and pollution in general

(via n-a-s-a)


宮本:「ねぇ、小笠原さん……机の上、片付けたほうがいいんじゃない? “3D女子”になっちゃうよ?」

小笠原:「汚いほうが落ち着くんです! ところで3D女子って何ですか?」

宮本:「机の上が汚くて『だらしない』、おしゃれ女子になりきれず、そこはかとなく『ダサい』、イケメンに『だまされやすい』の3D」

ITmedia女子部が行く:トホホな“3D女子”を脱却せよ! ソニー・エクスプローラサイエンスで3D映像にときめく - ITmedia News (via tnoma)

(via motomocomo)


126 名刺は切らしておりまして :2009/01/28(水) 07:49:34 ID:6Yqg40sQ

サバイバルはやってみたいな
社会が崩壊した時どうやって生き延びることができるのか体験してみたい

130 名刺は切らしておりまして :2009/01/28(水) 07:53:38 ID:WBxw2oDO
»126 
最低限水の確保の仕方とコレラ予防さえ知っておけば犬死にすることはない。
あとはまあ鉄則中の鉄則だけど、川&海沿い、湖など、とにかく水辺には出ないこと。
どうしても自然の水源が欲しいなら沢確保で。

133 名刺は切らしておりまして :2009/01/28(水) 07:57:51 ID:6Yqg40sQ
»130 
水辺に出ないってのは何故ですかい?

139 名刺は切らしておりまして :2009/01/28(水) 08:06:37 ID:WBxw2oDO
»133 
1.水の確保の仕方を知らないパンピーは100%水場へ群がる。
2.衛生状態が悪くなって確実にコレラが流行る。ついでに大腸菌。
3.煮沸でもおっつかなくなる、喧嘩が始まる~エスカレート

教訓「誰もが思いつく手は最悪よりも悪い手である」
社会が崩壊した時に生き延びる方法:アルファルファモザイクだった (via petapeta)

(via squarejewel)


May 20
bibidebabideboo:

紀伊国屋書店で文庫本持ってレジに行ったら、広告カバーでもよろしいですかって言われて、よくわからないまま、ハイって答えたら、お茶漬けにされて今恥ずかしい気分に。。 (まいてぃ~さん☆から) (via caosx)
むしろ欲しい

bibidebabideboo:

紀伊国屋書店で文庫本持ってレジに行ったら、広告カバーでもよろしいですかって言われて、よくわからないまま、ハイって答えたら、お茶漬けにされて今恥ずかしい気分に。。 (まいてぃ~さん☆から) (via caosx

むしろ欲しい

(via squarejewel)



“知り合いの女王様(風俗産業的な意味で)に聞いた話で、某言論誌の記者から取材を申し込まれて受けたが、どうしても自分達を「性的に搾取される被害者」だという方向に誘導したがってるのが見え見えで腹が立ったから一本鞭で足元をビシビシ叩いて高笑いしたら逃げ出したというエピソードが好きだ。” Twitter / toppinpararin (via deli-hell-me)

(via exposition)


cerebralzero:

Japanese Kokura Arsenal Type 44 Cavalry Carbine

(via exposition)


florencio:

gi

florencio:

gi

(via exposition)


(via do-nothing)


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